京都 近鉄東寺駅からほど近い、京都みなみ会館に
映画を見に行った。

http://kyoto-minamikaikan.jp/
ドキュメンタリー映画を始め、面白そうな映画をかけているので、
行こう行こうと思いながら、ようやくの訪問。
お目当ての映画は、「幸せな時間」
http://peliculazenta.jimdo.com/
日本大学藝術学部映画学科撮影コースに通う孫娘が、
練習用として5年間に渡り祖父母を撮影したホームビデオを映画化。
あらすじは公式HPから下記。
「結婚して50年になる老夫婦。
2人には静かな毎日があった。
そんな日々も少しずつ変化していく。
ある日、認知症だと言われたおばあちゃんと、
癌が見つかったおじいちゃん。
2人の介護に奔走する母親。
そしてカメラを通して現実と向き合う私。
孫の視点がとらえた、
儚い想いと小さな希望が交差する家族の姿。
おばあちゃんは、孫である私を忘れても、
おじいちゃんのことだけを心配している・・・。」
大変、静かな映画だった。途中寝そうになるくらい。
癌を患うおじいちゃん、痴呆症のおばあちゃん、で想像するような
ケレン味たっぷりなストーリーはここにはない。
のんびりした二人の生活が、互いに一人では日常生活を送れなくなり、
衰えていく様は、あまりに現実的で自分の将来を想像すると
怖くなってしまう程だ。
おばあちゃんは撮影する孫娘の名前さえ思い出せないのだが、
編集はしているだろうが、おじいちゃんの心配は忘れない。
現実世界との最後の繋がりが50年連れ添った夫、ということか。
「頼みがあるんだけど。私の隣に来てくれないかな」
と、独り言のようにおじいちゃんに語りかけるおばあちゃんの心は、
どこにあったんだろう。
今なのか、昔夫にやさしくしてもらった時か。
おじいちゃんは癌で亡くなるが、おばあちゃんはそれを察知し、
喪失感を防御するために、痴呆症になったんじゃないか、
と撮影者の孫娘のナレーションが入った。
そんなことはあり得ないが、おばあちゃんの顔を見ていると、
突飛な意見だと否定できなかったなあ。
50年連れ添った夫婦が見ている景色は、どんな景色なんだろう、
という思いが、強く残った映画だった。
映画を見に行った。

http://kyoto-minamikaikan.jp/
ドキュメンタリー映画を始め、面白そうな映画をかけているので、
行こう行こうと思いながら、ようやくの訪問。
お目当ての映画は、「幸せな時間」
http://peliculazenta.jimdo.com/
日本大学藝術学部映画学科撮影コースに通う孫娘が、
練習用として5年間に渡り祖父母を撮影したホームビデオを映画化。
あらすじは公式HPから下記。
「結婚して50年になる老夫婦。
2人には静かな毎日があった。
そんな日々も少しずつ変化していく。
ある日、認知症だと言われたおばあちゃんと、
癌が見つかったおじいちゃん。
2人の介護に奔走する母親。
そしてカメラを通して現実と向き合う私。
孫の視点がとらえた、
儚い想いと小さな希望が交差する家族の姿。
おばあちゃんは、孫である私を忘れても、
おじいちゃんのことだけを心配している・・・。」
大変、静かな映画だった。途中寝そうになるくらい。
癌を患うおじいちゃん、痴呆症のおばあちゃん、で想像するような
ケレン味たっぷりなストーリーはここにはない。
のんびりした二人の生活が、互いに一人では日常生活を送れなくなり、
衰えていく様は、あまりに現実的で自分の将来を想像すると
怖くなってしまう程だ。
おばあちゃんは撮影する孫娘の名前さえ思い出せないのだが、
編集はしているだろうが、おじいちゃんの心配は忘れない。
現実世界との最後の繋がりが50年連れ添った夫、ということか。
「頼みがあるんだけど。私の隣に来てくれないかな」
と、独り言のようにおじいちゃんに語りかけるおばあちゃんの心は、
どこにあったんだろう。
今なのか、昔夫にやさしくしてもらった時か。
おじいちゃんは癌で亡くなるが、おばあちゃんはそれを察知し、
喪失感を防御するために、痴呆症になったんじゃないか、
と撮影者の孫娘のナレーションが入った。
そんなことはあり得ないが、おばあちゃんの顔を見ていると、
突飛な意見だと否定できなかったなあ。
50年連れ添った夫婦が見ている景色は、どんな景色なんだろう、
という思いが、強く残った映画だった。
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