もう、何年前になるだろうか、メコンデルタを訪れたのは。
少なくとも13年以上は行ってなかったメコンデルタの街、
ミトー、カントー、ロンスエンを1泊2日で行ってきた。
90年代後半に駐在していた時は、ミトーやカントーに行くには、
フェリーでメコン川の支流を渡ったものだが、今はそれぞれ RACH MIEU 橋と
CAN THO橋で陸続きになっており、ホーチミンから一気にカントーまで行っても、
2時間30分程度らしい。
フェリーに乗っていた時代は、長かっよねと運転手と話してると、
5時間は掛かったぞと言ってた。
やたらに待たされ、乗ったら乗ったで、物売りに囲まれて、鬱陶しい思い出があるが、
カントーを出発し、ロンスエンを回って、ホーチミンに帰ろう、とその時、
目の前にフェリー乗り場が。
おー、まだ残ってる渡しがあるんだー、とちょっとうれしくなってしまった。
結局ロンスエンから対岸ともう一か所(街の名前を失念)、計2か所でフェリーに乗ることになった。
橋が架かってない箇所の方がまだ多いんだろうなあ。
次から次へとフェリーが行き来し、まさにピストン移動状態。
記憶の中では、とっても待たされたのだが、
さしてイライラすることもなく、向こう岸に渡ることができた。
ロンスエンからの船には、ちゃんと物売りも乗っていて、買えって言われた。
少なくとも13年以上は行ってなかったメコンデルタの街、
ミトー、カントー、ロンスエンを1泊2日で行ってきた。
90年代後半に駐在していた時は、ミトーやカントーに行くには、
フェリーでメコン川の支流を渡ったものだが、今はそれぞれ RACH MIEU 橋と
CAN THO橋で陸続きになっており、ホーチミンから一気にカントーまで行っても、
2時間30分程度らしい。
フェリーに乗っていた時代は、長かっよねと運転手と話してると、
5時間は掛かったぞと言ってた。
カントー橋を通過して、カントーに入る |
やたらに待たされ、乗ったら乗ったで、物売りに囲まれて、鬱陶しい思い出があるが、
あっさりミトーやカントーに着いてしまうと、早すぎるなどと、天邪鬼が顔を覗かせる。
しかし、カントー橋は建設中の2007年9月に、50名以上が亡くなる落下事故を起こし、
予定より遅れて2010年にようやく完成した橋。
通り過ぎる時は、事故で亡くなった方のご冥福をお祈りした。
カントーのホテルで一泊し、せっかくだからと水上市場を見に行こうと、
早起きして出かけた。
早朝5時30分過ぎ、おばちゃんに声を掛けられ、 25万ドンで1斥の船に乗り込んだ。 |
水上ガソリンスタンドなどを見ながら |
水上市場に到着。 |
スイカ。売り物は船の舳先に建てた棒の先に 吊ってあるので、離れてもわかる。 |
仕入れが終了したのか、荷物一杯で帰るおばちゃん |
休憩所で、コーヒーを飲んで帰ってきた。 |
カントーを出発し、ロンスエンを回って、ホーチミンに帰ろう、とその時、
目の前にフェリー乗り場が。
おー、まだ残ってる渡しがあるんだー、とちょっとうれしくなってしまった。
結局ロンスエンから対岸ともう一か所(街の名前を失念)、計2か所でフェリーに乗ることになった。
橋が架かってない箇所の方がまだ多いんだろうなあ。
次から次へとフェリーが行き来し、まさにピストン移動状態。
記憶の中では、とっても待たされたのだが、
さしてイライラすることもなく、向こう岸に渡ることができた。
こんなフェリー。 |
取り囲まれる感じは、昔そのまま。 |
ロンスエンからの船には、ちゃんと物売りも乗っていて、買えって言われた。
メコンデルタはこうでなくっちゃ。
コメント
やはり変わって行ってるんでしょうけど、変わらないところもありなんでしょうね。
水上マーケット、行ってみたいです。
気持ち良かったです。
南部の人の緩さというかのんびり加減は、
相変わらずでした。
2時間半か~。20世紀にはミトーにすらたどり着かなかったな、その時間じゃ。
でも風景はまったく変わっていませんね(笑)。
衝撃的でした。
今のベトナムに行くと、「昔はなあ、・・・」
って言いたがる爺さんになった気分になります(笑)